このブログはPod cast(BackStage M3. ep29) の内容を文章にしています
今日は少し個人の話です。私がなぜ今、東京・赤坂で「動作再教育」という、一見するとストイックで緻密なアプローチを大切にしているのか。その根源は、小学6年生の時に経験したアメリカ・ニューヨークへの野球遠征、そしてその後の留学生活にあります。
私の人生のターニングポイントとなった、3つの気づきを共有です
1. 「助けて」と言える勇気:コミュニケーションの変革
最初の衝撃は、言葉の壁でした。 日本では、困っている人がいれば周囲が「どうしたの?手伝おうか?」と声をかける、察しの文化があります。しかしアメリカでは違いました。「困っていることを口に出さない限り、誰も助けてくれたない」という現実です。
それまでは、恥ずかしさから何でも自分一人で解決しようとするタイプでした。しかし、異国の地では「自分から意見を伝え、質問する」しか道がありませんでした。
この経験を経て、「積極的に人に聞き、答えを導き出す姿勢」で少し自分が変わりました。帰国後、日本語環境でもこれを実践すると、物事が驚くほどスムーズに進むことに気づきました。 「自立とは、一人で抱え込むことではなく、適切に助けを求められることである」。この学びは、現在のクライアントとの対話においても、非常に大切な指針となっています。
2. 「察する優しさ」と「自立した助け合い」のバランス
アメリカでの経験は、同時に日本の「おせっかいなほどの優しさ」を再認識させてくれました。 どちらが良い・悪いではなく、大切なのはそのバランスです。
今、セッションを通じて「困ったときにそれを言語化できること」の重要性を伝えています。一方で、プロのトレーナーとしては、過剰な手助けで相手の成長を奪うのではなく、「必要とされた瞬間に、的確なサポートを差し出す」という距離感を常に意識しています。
3. 「リスクを潰す」ことが、大胆な行動を可能にする
留学時代、もう一つ大きな影響を受けたのが、日本人のルームメイトの存在でした。 彼は100%の結果を出すために、徹底した準備を惜しまない人でした。起こりうるリスクをすべて洗い出し、その対処法を完璧に潰しておく。
「AパターンがダメならB、BがダメならC」
事前にあらゆるシナリオを用意しておくことで、本番では迷いなく、大胆に行動できる。この「徹底した準備が生むメンタルの安定」は、現在のアスレティックトレーナーとしての仕事に直結しています。
怪我の予防や安全確保において、「たぶん大丈夫だろう」は通用しません。あらゆるリスクを想定し、緻密にシステムを構築しておくからこそ、クライアントは安心して自分の身体を預け、新しい動きに挑戦できるのです。
最後に:動作の再教育も「準備」から始まる
私のセッションで「鍛える前に、整える」ことを重視するのは、それが身体にとっての「最良の準備」だからです。
脳が「この動きは安全だ(リスクがない)」と判断したとき、身体は初めて本来のパフォーマンスを発揮します。10代の頃にアメリカで学んだ「能動的な姿勢」と「徹底した準備」。
この二つを軸に、今日も皆さんの身体の「設計図(システム)」をより良いものへと書き換えるお手伝いをしています。

